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ラ・ボエームに寄せて ②

いよいよ物語は動き始めます。ロドルフォとミミとの劇的な出会い。クリスマスイブの夜は彼ら二人を祝福します。

ノックの主は若い女性の声でした。つばで髪の毛を整えてあわてて飛び出してゆくとそこには雪のような、透き通るような肌の色のかわいらしい女性が立っていました。そしておずおずと、ろうそくの火を貸していただけませんかと尋ねます。そんなところではなんだからさあ中へ、と声を掛けたとたん彼女は貧血を起こして倒れてしまいます。ストーブの前に座らせて、やっと眼を覚ましたこのかわいらしい来訪者にワインを勧め、さてどんなお話をしようかと思った矢先、もう帰りますと言われてしまいます。残念そうにドアを開けてつかの間の出会いに未練たっぷりで廊下へ送り出すロドルフォ、ここで次のドラマの輪が回り始めます。

彼女はさっき部屋の中で倒れたときに鍵を落としていた事に気づきます。あわてて取りに戻るミミ。しかし戸口のところは風が吹いていて、ろうそくの火が消えてしまいました。それを見て千載一遇のチャンスと、とっさに自分のろうそくの火を消すロドルフォ、暗闇の中で2人は彼女の部屋の鍵を探す羽目になりました。床に這いつくばって手を探らせながら、少しずつ、ほんの少しずつミミの左手に近づいてゆきます。もう手と手は半尺くらいの距離、意を決して、ロドルフォは彼女の手を取ります。

テノールのために書かれたアリアとして、その美しさとロマンチックさでは1,2を誇るこの「冷たき手を」は本当に思い入れの強い曲です。恩師であるアリーゴ・ポーラ先生が本当に魂をこめてレッスンしてくださいました。先日無くなったパヴァロッティがもっとも得意としていた曲です。スペインで受けたコンクールの時、テノールのジャコモ・アラガルはこの曲を歌い終わった後熱い言葉を掛けてきてくれました。審査員だったフランコ・コレッリは、どうしてお前はこの曲を決勝に歌わなかったんだと詰め寄ってきました。超高音の職人、心から尊敬するアルフレード・クラウスとのレッスンの中ではこの曲を見てもらう事ができず、次の機会にと考えていたらお亡くなりになってしまいました。いろいろな思い出がこの曲に詰まっています。

本番の時にはもっと素晴らしい訳がつくけれど、いったいこのアリアで僕が何を語っているのか、僕の言葉でお伝えいたします。

「なんて冷たい手なんだろう。もう少しこのまま僕の手のひらで暖めてあげましょうか。こんな暗闇じゃもう探せっこ無いから。幸いにも今日は綺麗なお月夜で、しかも僕らのこんなに近くで輝いている。

(離れようとした彼女に)ちょっと待って、お嬢さん、あなたにほんの三言だけ話をさせてくれまいか?僕が誰で、何でどのように生きているのか。いいですか?

僕は何者か?詩人です。何をしているか?書く生業です。どうやって生活しているのか?ともかく、生きているんです。

お金を持っていない僕の喜びは、愛の言葉の断片を見つけてきてくっつけて、夢や空想や、想像上のお城を作る事、つまり心は億万長者というわけです。

じつはたった今僕の心の金庫に泥棒が入り込んできて、僕が今までに作り出してきた宝石や財産を取られてしまったのです。その泥棒は美しき二つの瞳。

この部屋にあなたとともに訪れて、私が今まで使っていた夢の数々を根こそぎ持って、そしてたったいま出て行ってしまいました。でも悔しくはありません。

なぜなら部屋に希望という2文字を残していってくれたから!

もう僕のことはわかったでしょう?今度は僕にあなたの事を聞かせて、さあ、あなたが誰かを話して!もし話していただけるならば。」

それに答えてミミは自分の事を話し始めます。自分はお針子で、どういう生活をしていて、あれこれと。でもロドルフォは実は聞いているようで聞いていません。ただ大事な一言<一人で住んでいます>だけは聞き逃しませんでした。

彼女の自己紹介が終わるや否や、家の外から友人たちの悪態が聞こえます。それに答えて「先にカフェ・モミュスにいっていてくれ。席は取っておけよ。1人じゃないぞ、2人だ!」振り返るとそこには月明かりに照らされるミミの姿。感動に満ちた声で「おお、かわいらしいお嬢さんよ、月の光に照らされたその美しき表情は、僕が夢の中にずっと追い求めていた人だ」

愛の出会いの美しさ、不安定さ、そして何とかこの思いを伝えて分かってもらいたいという高揚感、思いのたけが伝わったときの感激、いわゆる青春の素晴らしさがこの1幕に余すところ無く詰まっています。音楽家の創造、表現のエネルギーの根本はこの愛の力によるものであると、僕は音楽を始めたときから強く感じています。

次回は2幕、1830年パリのクリスマスイブの夜がどのように更けてゆくのか、新しい登場人物を軸に据えた、プッチーニのオペラ作りの醍醐味を感じていただければと思います。