悲しみの最終幕はロドルフォとマルチェッロのセンチメンタルな告白から始まります。
ロドルフォとミミは別れてしまいました。どうやらマルチェッロもムゼッタとしばらく会っていない様子。二人とも仕事をしながら、お互いをからかいあいながら、あの楽しかった日々を、彼女たちと一緒にすごした日々をを回想しています。そこへショナールとコッリーネが調達から帰ってきます。買ってきたものはいつもどおりのなんの変わり映えもしないものばかり、でもそこはふざけあいながら、貧しい生活を楽しく過ごそうと皆工夫している様子です。
そこに突然ムゼッタが部屋に飛び込んできます。パトロンから逃れて街を病気の体でさまよっていたミミをここまで連れて来たというのです。あわてて飛び出して彼女を支えるロドルフォ、寝かしつけたベッドの周りに集まる友人たちの真心を見て、まさに死の直前を予感させるこの時になぜかつかの間の幸せを感じます。そう、彼女がこの部屋を、自分と過ごす事を最後の望みとして選んでくれた事はとても悲しい最後のプレゼントだったのです。
学生時代に東敦子先生のクラスで勉強させていただいていた時、ボエームのセレクションを先生がお住まいだったつくし野の駅前のホールでさせていただいた事がありました。その時ボエームの真髄を教えていただき、特に4幕の考え方を教えていただきました。たとえばそれは、喜劇と悲劇とは両方が作用しあって成り立ってゆくものでまさに「共存」する事、声の美しさを如何に表現するか、共演相手をいかに引き立てる事が良い舞台を作れるかどうかの分かれ目である、等々。厳しくも楽しい練習の中に、さすが世界中の舞台において観客を感動の涙で包んできた東先生の素晴らしさをあらためて感じました。そういう思い出も含めて、ボエームの4幕は本当に大好きです。
友人たちが気を利かせて2人きりにしておいてくれました。ベッドから半身を起こし、ロドルフォに手を差し伸べるミミ。「皆行ってしまったのね。寝たふりをしていたのよ。あなたとふたりっきりで話をしたかったから。お話したい事がたくさんあるの。でも言いたい事はたった一つだけ、その一言は私にとって海よりも深い言葉よ。海のように深く永遠に広がるもの、それはあなたを愛している事。生涯をかけて、あなたを愛しているわ」息も絶え絶えに、しかしはっきりと、ロドルフォにずっと言いたかった事を伝えます。感動に包まれる二人。知り合った頃の思い出を、あのときのように語り合います。しかし激しく咳き込んで様態が急変するミミ。あわてて飛び込んでくる仲間たち。手を温めるマフを持ってきたムゼッタはそれを彼女に渡し、「これはロドルフォがあなたに用意したのよ」とやさしい嘘をつきます。暖かい最後の贈り物を手にして「有難う、とても暖かいわ。でも高かったでしょうに」という一言に、ロドルフォは我慢できず泣き出してしまいます。自分がお金を持っていない情けなさ。もう彼女のためにどうする事もできない無力感。強がっていたものすべてがそこで消し飛んで、ミミを愛しているという思いに包まれます。医者の到着を確認しようとロドルフォがミミのそばを離れた瞬間、誰も知らないうちにミミはマフを手から落とし、永遠の世界へと旅立ちます。ムゼッタの情の深さに感動するマルチェッロをはじめ皆の気持ちが落ち着きかけた時、ショナールがミミの死に気づきます。コッリーネも帰ってきてロドルフォに様子を尋ねます。それに答えようとロドルフォがふと何気なく皆を見たとき、今までと何かが違う事に気がつきます。皆がおろおろする様子を見て、恐れていた瞬間が訪れた事を知るのです。ミミへ駆け寄り絶叫するロドルフォ。パリに住むボヘミアンたちの青春の一ページを切り抜いたこの物語は人との別れ、愛する事の悲しさ、そして永遠の意味を深く心に刻み付けてくれる、プッチーニを代表する名作です。
とりとめも無く書いてしまいましたが、今この時にこのオペラを歌わせていただける事は僕にとって非常に意味のある事であります。いろいろな思いを胸に、この素晴らしき「永遠の時」を皆様に聴いていただければこんな幸せはありません。
