前回書き出しに悩んだ「そろそろ人生について考える」だけど、やはり自分の過ごしてきた日々が分からないと何だからしばらく記憶の糸をたぐって、まずはその辺から考えて見ます。
中学に入学して、吹奏楽に入りました。その時父親がたまたまフルートを持っていたのでとりあえずそれで練習開始。でも心臓の手術直後で余り息を激しく使うのはどうだろうと言う事で(でも余り問題はなかったのではないかと思うけれど)自主退部。ぶらぶらと勉学に専念する一年間が続きました。ぶらぶらとと専念するが同居する言葉であるとは今まで知りませんでしたが、いずれにせよ2年生になったある日、音楽担任の小林雅彦先生が「何もやることないなら合唱やってみないか?}と合唱部に誘ってくださり、これがぴたりとはまりました。何せ皆まっすぐでまじめで、信州の空気のように綺麗な歌声の持ち主ばかりですから、コンクールに出れば他校が「あー」とため息をつくような演奏が出来たわけです。そうなれば毎日が楽しくて楽しくて、朝練、昼練、夕練と時間を忘れて、身体が弱かった事もすっかり忘れて毎日をその時間に充てました。当時「木琴」とか「たじま牛」とか、思春期の少年の心にグサッと来るようなヒューマニズム満点の曲が多く、その曲を聴いた地域のお父さんお母さんはもちろんおじいちゃんおばあちゃんに至るまで「この曲はいい曲だからお前達頑張れ」と異常なまでのバックアップをしてくれる土壌があったことも熱に拍車をかけたのだと思います。僕らの代は関東甲信越大会や東日本大会までしか進めなかったけれど、後輩達がきっちり日本一になっています。
