中学の時の恩師・小林雅彦先生に依頼を受けて、3年連続で松本市の中学校でレクチャーコンサートをさせて頂いている。子供達のきらきらと輝く瞳と先生方のコンサートを成功させようという熱意があいまって本当に心地良い時間を過ごさせて頂いた。それが3年間全くぶれないというのが凄いな、と思う。じつは松本市は僕の心の故郷のようなものだ。幾つかのインタビューやコンサートなどで明かしているが、僕は心臓の手術を体験している。その病院がここ松本にあったのだ。まさに多感な少年時代、病気という目に見えない(自覚症状と呼ばれるものは全く無かった)不安を心の片隅に置きながら、縄手通りや伊勢町通りをなぜかほんの少し開放感を持って歩いたものだった。昨日も同じ道のりを歩いてみたくて昔の町並みを探してみたが、実に30年前の出来事である。縄手通りはむかしのままであるが、伊勢町通りはまったく別のものであった。散々歩いてみたがピンと来ない。帰らなくてはと思った時、パルコの近く、蔵の壁が目立つ小路の前を通りかかったとき僕の中の記憶がはじけた。道は新しいが、道幅があの時と一緒なのである。そういえばこの骨董品やさんやお皿やさんがあったな、と感じた瞬間記憶が繋がり、あの頃の思いが溢れ出てきた。いわゆる闘病中、僕の思い出は苦しさではなかった。家族や親戚、友人や慮ってくれる知り合い達に愛されて、幸せな日々だったのだ。あの頃はよく分からなかったけれど今思うと心がものすごく温かくなる。松本は、帰るべき町だったのだ。
