ブログトップへ

そろそろ人生について考える カテゴリー

2008年06月27日

そろそろって?

そろそろって、書き始めてみたけれど、もう気が付かないうちに良い年齢になっているのですね!今年で43歳。自分の顔に責任を持つと言う意味でいったいどんな人生を歩んできたのかこれたのか、じっと考えてみる時間も必要であるとしみじみ考えます。 そもそも音楽をなぜやり始めたのか?自分は小さい頃心臓が悪くて、まさに小さな胸におぼろげながらの不安感を一杯満たして送っていた入院生活、それがある意味限界に達しようとした時に、病院の食堂でサロンコンサートが開かれました。バイオリンのコンサートだったのだけれど、気分転換という気持ち以上の何かで持って包まれてしまいました。何か背中がぽかぽかしてくると言うか、身体がわくわくしてくるといったような気持ち。音楽に触れることの生々しい原体験でした。無論それまでは歌謡曲大好きだったし、合唱コンクールは音をとらなくても全部のパートを覚えていられたし、大きい声で目立った存在だったけど、歌い手として結びつく事は、イメージ始める事すらまだ先の先の話でした。

 

2008年06月30日

自叙 2

前回書き出しに悩んだ「そろそろ人生について考える」だけど、やはり自分の過ごしてきた日々が分からないと何だからしばらく記憶の糸をたぐって、まずはその辺から考えて見ます。

続きを読む "自叙 2" »

2008年07月04日

自叙 3

厳しくも楽しかった中学生活も終わり、自分の精神の奥底と音楽を同化させる作業の時期は一旦お休みとなりました。高校での合唱部の生活は、もう少し音楽を客観的に見てゆくものだったのです。

続きを読む "自叙 3" »

2008年07月05日

自叙 4

文字通り朝から晩まで合唱に明け暮れた高校生活も終わり、東京へ旅立つ時を迎えました。とは言っても気楽なもので、「4年間で自分の人生の進む道の入り口を見つけて来れば良い」と言う父親の言葉を胸に、これから待ち受ける大いなる壁の存在など微塵も気にせず新宿行きの列車に乗りました。

続きを読む "自叙 4" »

2008年07月07日

スクリーンに投影される自分

インディジョーンズに続き、昨日は「告発のとき」であった。もちろん映画鑑賞である。

続きを読む "スクリーンに投影される自分" »

2008年07月10日

自叙 5

何回かの受験を経て東京藝術大学にめでたく入学した。意外なことであるが、あれほど念願していた僕の思いは、それを手に入れた瞬間に急にしぼんでしまった。目標を失ったと言うところか。口では「オペラ歌手になる」と言いながら、それに向けて本格的な勉強が出来る環境にありながらちっとも真剣になっていなかった。その生活を一変させたのが、イタリア行きである。

続きを読む "自叙 5" »

2008年09月10日

発信する事と懐かしい気持ち

今日は僕の人生の師と会い、今、そしてこれからをどのように生きていくべきなのかというヒントを頂いた。我々音楽家が世の中に問うていかねばならぬ事、豊かな生活に必要不可欠な「本物の音楽」を発信し続ける事の大切さを改めて確認する事ができた。僕の身体から表現される音楽がもし誰か一人でもその人生に良い力をお与えする事ができるのなら、それは人生の全てを捧げるだけの価値のあるものだ。辛い事から逃げる事ばかり考えないで、真正面からぶつかってみると意外と問題は消えてゆく。心が豊かになった瞬間に、悩んでいる事がどんなに小さかったかに気がつくことは良くある事ですね。じっくり話した後、とある焼肉人気店に。肉はきわめて上質、特にホルモンは味わい深くやわらかく、その評判のよさの一端を満喫する。ただ店員がきわめて五月蠅い。会話はおろか話を聞くことも難しい。どういうシチュエーションで食事を楽しむかは客に任せて欲しい。というか、そういう店は僕らが行かなければ良いのだな。一つ勉強。で、その後近くのもんじゃ街へ。そこには日本人の持つ「懐かしさ」があった。おそらく心に抱く「東京下町」のカタチ。鉄板にこびりつく焦げをこそぎながら、どこか自分の居場所を感じるようだった。あれ、これって音楽と一緒じゃないか?安心感とわくわく感が同居するワンダーランド。妙に納得し、今日ここにたどり着いた必然の偶然に感じ入る。帰りがけにわが師が「ああ、もんじゃは楽しかったな」と子供のような声を上げていたのは印象的であった。

2008年09月23日

自叙 6

意識改革を感じながら帰国した僕は、毎日の基本を発声に据えた。自由に声が出れば、自由にコントロールできれば何かクリアーできる。それを合言葉に来る日も来る日も発声に熱中した。そう、それは上手くなりたくて放課後の時間オルガンに向かって自己流で繰り返した、あの思い出深い高校時代の行動と同じ根をなすものであった。

続きを読む "自叙 6" »

2008年09月26日

真の芯の強さ

久しぶりに「金スマ」を観ていたら、EXILEのメンバーが不幸にもペーチェット病にかかってしまい、グループを続けるか止めるか非常に悩みながらも、ここで朽ちるなら本望と踊り続ける事を決意したその時、「病気は、その人の‘個性‘ですと言い切った彼。心が揺り動かされた。こうも強くなれるのはなぜだろう。迫り来る不安の中で、自分の夢を見据え、ともに歩む仲間達を信じ、力づよく一歩を踏み出す彼を、心から応援したい。

2008年11月19日

最近の子供と大人

最近に限った事ではないのが由々しきことではあるが、小さな子供をナイフで殺傷したり、有ろう事か親が子供を、という信じられない事件がニュースの中心を飾る事が多くなった。勿論その当時当時で聞くに堪えないような事件は起こっているのだけど、最近はその度を越している。こんな世の中を僕たちレベルで変えていく事はできないのだろうか?

続きを読む "最近の子供と大人" »

2008年12月31日

大晦日の高揚感

昔から母親とおばあちゃんが年越しの澄まし汁を造る香りを嗅ぐと殊の外幸せな気持ちになったものである。我が家は燃料業を営んでいたものだから、夕方6時くらいまでガスや灯油を届け、まさに仕事納めは12月31日の夜。6時過ぎから一家が集まりご馳走を楽しんだ。ぶりの酒かす汁、前述のけんちんのような澄まし汁、新潟方面からの刺身やお肉やなんやらかやら。本当に楽しみな瞬間であった。晩酌に慣れた祖父が杯を傾け、普段お酒を飲まない父がビールで顔を赤らめ、レコード大賞と、紅白歌合戦を12時30分まで見て、それから温かい格好をして近所の神社に出かける。いわゆる「2年参り」というやつで、旧年と新年の挨拶が一時に出来、ご利益も大きいと言うあれである。当然屋台なども出て、にぎやかな気分を盛り上げてくれる。僕にとって一番身近な≪ハレ≫の時であった。田舎なものだから正月やお祭りの時は皆高揚感が違う。何か使命感を感じて3が日を誇らしげに過ごしたものだった。今日は大晦日。東京に住み、習慣も変容し、コンビニなど年中無休のお店も増え、実生活的には普段とあまり変わらなくなってしまったけど、どことなく心がわくわくするのはこの小さい時に味わった気持ちがベースにあるからなのだろう。今日は大晦日。台所から家内が作る煮物のだしの香りに懐かしさを感じ、抜けるような冬の青空を眺めながら、満ち足りた気分で過ごす今年を心から感謝したい。そして来年はより一層の飛躍を。もっと幸せな演奏会をたくさん皆さんと味わってゆきたいと思います!

2009年01月05日

感謝の年

正月2日3日に箱根駅伝にはまってしまった。襷をつなぐその精神は日本人の心に訴えかけるものが大きいのか沿道の声援も強いメッセージが多く、何か大きなパワーで観ているものを心から感動させた。優勝した東洋大は不祥事を精神的に乗り越え、「感謝の心」で初優勝をもたらしたのであったが、この精神は強く心に残った。人間が生きている以上ほとんどの発想の原点は個人から一人以上の関係に関わったものになる。個人の繁栄や充実は大切な事であり、勿論これが生きていく指針として大きな基本となるのだが、必ず何か対象があってその上で自分が存在するという事をしばしば忘れてしまうのは残念な事である。勿論それもひとつの生き方なのだが、僕は音楽をやっている人間として他人に如何に関わり影響を与えそれによる喜びを頂くかを重要視したい。そこが見えてくれば、今何をすべきかが見えてくる。年の始めの正月に、今年の目標は固まった。