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あんなまちこんなまち カテゴリー

2009年01月12日

懐かしい心 神田明神

お正月のお飾りを焚いて頂きに神田明神に出かけた。ここには初めて来たがなんと懐かしい事か。いわゆる銭形平次の舞台であるが、僕が幼い時に感じた≪東京≫がそこにあった。この感覚は早稲田の地蔵横丁で味わったものと同じである。伝統や風習に根ざした、何かうきうきするようなハレの空気に満ち溢れていた。最近この雰囲気を味わう事は少なくて、刺激的なことは世間に転がっているのに、神輿を担ぐ直前のような心のプチ高ぶりはなかなか味わえていない。参拝客の人込みに揉まれながら、人との距離感に安心感をもつ西洋人と逆の居心地の良さを感じることが出来た。江戸文化、いまだ息づく。

2009年10月29日

心の故郷

中学の時の恩師・小林雅彦先生に依頼を受けて、3年連続で松本市の中学校でレクチャーコンサートをさせて頂いている。子供達のきらきらと輝く瞳と先生方のコンサートを成功させようという熱意があいまって本当に心地良い時間を過ごさせて頂いた。それが3年間全くぶれないというのが凄いな、と思う。じつは松本市は僕の心の故郷のようなものだ。幾つかのインタビューやコンサートなどで明かしているが、僕は心臓の手術を体験している。その病院がここ松本にあったのだ。まさに多感な少年時代、病気という目に見えない(自覚症状と呼ばれるものは全く無かった)不安を心の片隅に置きながら、縄手通りや伊勢町通りをなぜかほんの少し開放感を持って歩いたものだった。昨日も同じ道のりを歩いてみたくて昔の町並みを探してみたが、実に30年前の出来事である。縄手通りはむかしのままであるが、伊勢町通りはまったく別のものであった。散々歩いてみたがピンと来ない。帰らなくてはと思った時、パルコの近く、蔵の壁が目立つ小路の前を通りかかったとき僕の中の記憶がはじけた。道は新しいが、道幅があの時と一緒なのである。そういえばこの骨董品やさんやお皿やさんがあったな、と感じた瞬間記憶が繋がり、あの頃の思いが溢れ出てきた。いわゆる闘病中、僕の思い出は苦しさではなかった。家族や親戚、友人や慮ってくれる知り合い達に愛されて、幸せな日々だったのだ。あの頃はよく分からなかったけれど今思うと心がものすごく温かくなる。松本は、帰るべき町だったのだ。

2009年11月16日

京都は未だ

御世話になっている方の結婚式のため京都に来ています。びわ湖ホールのコンサートの次の日京都を訪れ、「未だ赤くなっていないね」と残念に思いつつも大原三千院の庭の美しさに浸った数週間前。もう今は世のなかまっかっかなんだろうと期待して来ましたがまだその時は来ていないようです。昨日は先斗町入り口の小さなお店で美味しいおばんざいを頂き気分はたっぷり京都に浸りました。これから静岡入り、「椿姫」の稽古が始まります。

2011年03月16日

日本人ってすごいなと思う

今回の大惨事は兵庫で知った。はじめはあまりたいしたことのない話だろうと高をくくっていた。しかしテレビのアナウンサーの悲鳴のような「どうぞ4階以上にお逃げください」というアナウンスと津波到達まであと4分の予定」という機械的なコールを聞きながら、これは大変な事が起こっているんだ、と実感した。練習のため外出し、帰ってきてテレビのスイッチを入れたら、そこには地獄が映っていた。おそらく皆も言うように、今回地震だけだったらここまでの被害は広がらなかっただろう。10m以上の高さに及ぶ水の塊が街を通り抜けた時、そこには突起物が残る事は全く許さなかった。建物は根こそぎ流れ去り、車は船の様に水の上を滑り、それを眺めるすべしか残されていな人々の悲鳴をも呑み込んだ。安否不明者が1万人を超えるという状況は、まさに現代の天災に対する人間のか弱さを思い知らされた。がしかし、本当の奇跡をみるのはここからであった。被災した住民はこの世のものとは思えない環境、状況の中から、秩序を作り出し、暴動を起こすことや悲観して泣き叫ぶこともなく、周りにいる人を気遣い、お年寄り、赤ちゃんを優先させ、人の為に率先して集まり炊き出しに参加して、電気も来ない避難所に笑い声さえもたらした。自分の家族がまだどこにいるかわからないというのにそこで出会った人のことを心から心配してあげる。泣くんじゃなくて笑う事を思い出させてあげる。子供たちのしりをたたき秩序を作り上げる。日本人って本当にすごいと思った。罹災者は本当に厳しい環境に追い込まれているけど、本当に考えて思いなおさなければいけないのは、この天災に偶然にも逢わなかった我々だと思う。何かできるかもしれない。何か彼らがもっと笑顔に近づけるような事を手助けしてあげたい。がんばれ!

2011年03月19日

コンサートは延期

3月25日の紀尾井は延期となりました。停電でごった返す駅の映像を見ていて、さてコンサートが終わる9時ころ、僕のお客さんをあのような中に飛び込ませて果たして良いものかどうか、と真剣に考えました。JR東日本の重役の方にも確認しましたが、まだ正常化の見込みは全く立たないとのこと。苦渋の決断ですが、事務所と相談して延期と決めました。尚チケットは延期コンサートでそのままお使い頂けます。紀尾井ホールで開催する予定です。もちろん払い戻しにも今後対応させて頂きますが、それにつきましての詳細は決まり次第逐次ご連絡させて頂きます。

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